2015年6月14日日曜日

OBENKYO

しっかりとした具体的な目的や目標、こうなりたい、こうでありたいという願望や、純粋な興味などがあって、それを成し遂げるため、少しでも近づくための手段としてなされるべきが本来の『勉強』というものだよな。

だとしたら僕がやってた、なんとなくの気持ちだけで高得点を叩きだし続けてた、高学歴を手にしたあの学校のお勉強はいったい何だったんだ?浅い所には「あの高校に生きたいから」とか「あの大学に行きたいから。」とかはあったと思うけど、その下に根本的な意思がどこにも無い。

なんだかむなしいなあ。