弟が音楽を辞めたらしい。
昨日の夜、お盆のお墓参りで実家に帰った時に、母親から聞いた。
弟はもう今住んでる家に帰ったあとだった。
弟は僕の3つ下で、いろんな仕事をしながらバンドのギターボーカルをやっていた。
悔しいが正直に言って、そのバンドは僕よりも断然人気があったと思うし、CDやTシャツなどを作って立派にバンドカーでツアーをしたりしていた。
そしてさらに悔しいが正直に言って、弟は僕よりも歌がうまく、自分の思っていることを歌に変える能力や、その熱量を人に伝える能力があったように思う。
弟が音楽を辞めた。
それはお母さんが作ったご飯を、弟が平気な顔をして残した時だった。その日お母さんは体調を崩して寝ていた。
体調を崩していたのに、その日の夕食をきっちり作ってくれていた。
僕は『食えや!なんで残すねん!食えや!』と怒鳴って弟につかみかかった。弟は本気で抵抗してきた。最終的には僕が弟を羽交い絞めして無理やり反省させた。そんな喧嘩だった。
僕と弟は、小さいころはよく一緒に遊んでいたが、高校に上がったくらいからほとんど会話をしなくなった。同じ家で、もちろんお互いの存在を認めてはいるが、同じくらいに煙たがるような空気があった。それぞれがそれぞれに自分の空間を大切にしたかった。
やがて僕の後を追うように弟が青春パンクと呼ばれる音楽を熱心に聴き始め、いつの間にか自分の歌を作り、自分のバンドを組んでいた。
お互いが音楽活動を生活や気持ちの中心に置くようになった、僕が20代後半にさしかかるころ。
僕と弟はあの頃とはまったく別の距離感を抱えて、また会話をするようになった。
僕が実家に帰った時、リビングで二人きりになれば決まってお互いの音楽活動の話をした。
最近どうや?
どこのライブハウス出てるん?
お客さんは増えたか?
この先どうやって行ったらいいか?
抜けたメンバーの穴は埋まりそうか?
一人でもライブはやっていくのか?
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二人で実家の近所の銭湯に行ったこともあった。露店風呂につかりながら、また決まって同じような話をした。
昨日、半分荷物置きになっていた僕の実家の部屋に行ったら、弟の物がごっそり姿を消していた。
二人で実家の近所の銭湯に行ったこともあった。露店風呂につかりながら、また決まって同じような話をした。
昨日、半分荷物置きになっていた僕の実家の部屋に行ったら、弟の物がごっそり姿を消していた。
ギター
エフェクター
グッズのバンドTシャツ
売れ残ったCDの山
撒き残った主催イベントのフライヤーの束
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母親によれば、
その他の機材は捨てたり、友達に上げたりするらしい。
金髪で長くしていた髪は今はもう黒くて短い髪になったらしい。
そんな話を聞いた次の日の朝、
ボリュームをぐっと落とした
生き残ったセミたちは、まだ熱心に鳴いていた。
夏が終わろうとしている。
そんな話を聞いた次の日の朝、
ボリュームをぐっと落とした
生き残ったセミたちは、まだ熱心に鳴いていた。
夏が終わろうとしている。
夏が、終わろうとしている。